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品性の欠片もない

自分の説明は自分にだけすればよいです

だるすぎて何も書けないので脳内垂れ流しした

雑記

 なにもしたくありません。モチベーションがないです。何もない。何もしないをしたい。しかし何もしないはモチベーションがなくてもできます。モチベーションがないとできないことはたくさんあります。もう駄目です。何も考えずに適当にタイピングしているだけです。つらい。なにもできない。愛されたいとかはないんですけどとにかく何かを生み出せたらいいなとおもってるんですけどめんどくさい。適当に手を動かしてたらモチベーションが出て来るんじゃないかと思ってなんかちんちん文章をかいてますけど別になんもモチベーションとか出てこないです。なにもしたくない。なにもできない。だるい。めんどくさい。やりたいことはないけどできるようになりたいことはあります。なんだそれは。

 できるようになりたいことというのは結果です。たとえば絵をかけるようになりたいとかプログラミングをできるようになりたいとかです。やりたいことというのは過程です。絵を描くこと自体、プログラミングすること自体です。過程を楽しむこと、もっと言えば過程を目的にすることができなければつらいだけです。つらいのを我慢して結果を手に入れるというのはある意味で本末転倒です。ルサンチマン入りました。死にたい。

人は一人では生きられない

断片

 人は一人では生きられないというのは、人には一人で生きる能力がないから一人では生きられない、ということではなく、人は生きているというただそれだけのことで不可避的に誰かの役に立ってしまうために一人では生きられない、ということです。能力的にではなく原理的にそうなっています。

旅行の好きなところを書こうと思ったらよくわからない話になった

雑記 言及

anond.hatelabo.jp

 

 ホッテントリに旅行の話題があったので見てみました。ぼくは旅行好きです。直近のエントリも、旅行楽しいなあとか、青春18きっぷで遠くに行きたいなあとか、そういう頭ぽやんぽやんな内容です。でさっきこの増田を読んで、ぼくは旅行のどんなところが好きなんだろうかと気になったので、なんか書いてみようと思いました。

 ちなみにぼくは一人旅しかしたことがないです。以下のこともすべて一人旅についての話です。この話がどの程度普遍性を持っているのかもわからないです。あくまでぼくはこう思っている、という話です。

 

 まず単純に、乗り物に乗るのが好きです。もっと言うと、乗り物に乗って、何もせずに、ぼけーっと景色を眺めながら、体を揺られているのが好きです。

 何もせずに、ぼけーっと、というのは、ぼくの旅にとって、わりと大切なポイントです。ただ何もせずにぼけーっとするだけなら自宅でもできますし、実際自宅でぼけーっとするのもけっこう好きなのですが、それを一日中、えんえんと楽しめられるほど、ぼくはストイックなぼけーっ人間ではないです。やっぱりちょっとした変化はほしいのです。その点で乗り物、特に電車、さらに言えば青春18きっぷはすばらしいです。乗ってるだけで体がゆれてなんか楽しいですし、何もしなくても次々と新しい景色が窓の外に現れたりします。そうそう、電車から眺める景色も好きですね。

 で、そうやってぼけーっとしたり、ぼーっと景色を眺めたりできる点で、電車は自動車よりも好きです。バスもよいのですが、電車と比べて運賃あたりの距離が短いので、貧民であるところのぼくとしては電車を選びたいです。夜行バスは景色を眺められないのでうーんという感じです。夜中にバスのカーテン開ける人はちんちんおうふくビンタの刑に処したいと思っています。はたく面積が小さいのでその分圧力が掛かり衝撃も大きくなるはずですので覚悟しておいた方がよいです。あとこれは個人的なことなんですが、夜行バスを予約すると、乗り過ごしたらどうしよう……という不安感に毎度襲われるのですが、これがつらいです。予約してからバスに乗るまでの間の時間が不安な時間になってしまいます。これは好きじゃないです。

 ぼーっとしている時間がそれなりに意味を持っているような気分になれる点も好きです。ぼーっとしながら電車に乗るのが好きなら一生山手線に乗ってろという話なのですけれども、書いててああそれもいいなあとか思ったんですけれども、話の趣旨とは逸れるので、それはさすがにむなしいなあということにしておくのですが、ちょっとでも行ってみたいなあと思う場所があれば、仮でもよいのでそこを目的地を設定しておくことは、精神衛生上よろしいかと思われます。他によいところを見つければ、当初の目的地なんて放っておいて、そちらにふらーっと行ってみる、なんていうこともできて楽しいです。特に青春18きっぷ。ああ。

 音楽とか読書に集中できる点もよいです。次々変わる景色を眺めながら、体を心地よく揺られながら聞く音楽はふだん以上に楽しめる気がしますし、他に誘惑がないので読書もはかどります。あきたら外見てればしあわせです。音楽、読書、外眺める、の鉄板サイクルです。

 

 ……と、ここまで書いてなんか既視感あるなあと思ったら、こちらのphaさんのエントリと同じようなことを言っていました。

 

pha.hateblo.jp

 

 このエントリはとても好きなのですけれども、自分で考えていたつもりが、けっきょく人の借り物の考えであった可能性があって、よくないなあと思いました。ですがまあ、ぼくは旅が好きというよりは移動時間が好きで、移動時間を格安でより楽しめる青春18きっぷが好きで、旅の好きなところを挙げることは青春18きっぷの好きなところを挙げることに繋がっているっぽくて、で青春18きっぷに魅力を感じる人が青春18きっぷについて感じる魅力*1には共通点も多いのではないかなあという気もするので、まあいいかということにしておきます。たとえ借り物であったとしても、自分がそのように感じてしまっている以上は、そのように書くしかないです。その感じ方すらも誰かの影響下である、という可能性ももちろんあるのですが、理由はどうあれ、とにかくそう感じてしまっている、という事実が大切です。そんで以上のエントリは、実感に嘘をつかず、自分の感じたことを正直に書けているので、これでよいのです。

 

 あとこれは余談ですが、「自分の感じている感じ」というものは実はいくらでも解体可能で、解体した先には漠然とした掴みどころのない不安定な感覚しか残らなくて、感じた感じを言語化する作業というのは、ほんとうは実態などない感覚に、それっぽい理由を与えているだけなのではないか、という疑惑がぼくの中で頭をもたげています。

 なにをゆってるのかわからないですね。もうちょっとよく考えてからしゃべれという感じです。でも考えるのは苦手ですし、文章を書くのも苦手なので、今これ以上を書くことはしんどいです。

 

 

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

 

 

青春18きっぷで愉しむ鉄道の旅 (小学館文庫)

青春18きっぷで愉しむ鉄道の旅 (小学館文庫)

 

 

*1:お前はいったい何を言っているんだ、と言いたくなる文です。こういう冗長な書き方になってしまうのはぼくの癖です。あるていど正確に書こうとすると冗長になってしまうんです。あたまのいいひとは、こんな回りくどい書き方なんかせずに、もっとすぱっと書けるんだろうなあ。

自分の感覚を信じられますか

雑記

 1年前の今頃、ぼくは青春18きっぷで吉野他に行ったのですが、もうあれから1年が経ってしまいました。なんだか不思議な感覚です。実感がわきません。あっという間だったような気もするし、はるか遠い過去のような気もします。

 しかしどちらにも共通しているのは、断絶している、という感覚です。過去の自分と現在の自分が断絶しています。まるで別の宇宙で起こった出来事なんじゃないかという気がしています。

 1年前のことだけではありません。たとえば昨日ニコニコ動画を見たりブログを書いたりしていたときとも断絶を感じます。今この瞬間のことしかたしかに自分であると実感することができません。いや、今この瞬間の僕でさえもこれが自分であると実感しきることすらできないかもしれません。現在とか自分とかよくわかりません。なんかそういうのをきれいにすぱーんと説明してくれることばを探してしまいます。

 

 そうそう、今日ネットで土地を見つけたんです。わりと山の中の土地で、そこそこ広いです。山林ですね。平ですし車道にも面しています。正面にビニールハウスがあることを除けばけっこういい土地だと思います。しかもぼくのなけなしの貯金でも買えるくらいの価格でした。個人売買ですのでちょっと心配なんですけど話を聞くだけならタダなのでいけるとこまで行ってみたいと思います。

 こういう格安の山林を買って、小屋を建てて、ずっとひきこもって暮らしていたいという気持ちがあります。今はこの気持ちの方がつよいです。今の生活を続けるのがつらいからです。

 逃げたい。こんなことに時間を費やしたくない。精神をすりへらしたくない。なんでこんなことをし続けなくちゃいけないのかわからない。なんで彼らは平気そうな顔をしていられるんだろう。一日の半分を労働に費やすことに理不尽さを覚えないんだろうか。自由はほしくないのか。いや逃げて手に入れられる自由は本当の自由なんだろうか。何もわからない。自分が本当はどう感じているかもわからない。心を見極めようとすればするほど心が逃げていく。感じられるのは漠然とした不安と息苦しさと動悸だけです。自分がどう感じているかすらわからないのに他人のことなんてわかるわけがない。

 

 

自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)

自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)

 

 

青春18きっぷの季節

雑記

 

 青春18きっぷみが増しています。車もあるのですが電車に乗りたいです。しかし電車ですと泊まるのにお金がかかるのがあれです。野宿はちょっとこわいです。車なら車中泊できます。いえ車中泊もわりとこわいんですけど。

 奈良県に行きたみが増しています。桜井線とか好きです。吉野口に最も近いネットカフェでおなじみの金橋駅にはお世話になりました(JR限定)。吉野口でのJR↔近鉄吉野線の乗り換えは青春18きっぷではできないので注意してください。なんかやっぱり車の方がいいような気がしてきました。奈良に行くのなら車ですね。しかし桜井線すきなんですよ、京終駅のアナウンスとか聞きたい。

 あと関西本線もすきです。あそこ山の中を突っ切ってる感やばいですし亀山駅周辺の何もない感もやばいです。たしか愛知以東から奈良へ行くのでしたらふつうに米原から京都を経由した方が若干早かった記憶があるんですけども、時間があるのでしたらこっちを通ってみてもよいかもですよ。車両の雰囲気もよいですし。おすすめです。

 

 まあこういう旅をする系の妄想を膨らませているのは当然現実逃避なわけです。現実が苦しければ苦しいほど逃避は甘美なものになります。ちなみにぼくの頭皮はまだまだ現役です。包皮も余っています。誰も聞いてないです。

 

 

「青春18きっぷ」ポスター紀行

「青春18きっぷ」ポスター紀行

 

 

将来どうしようか

雑記

 将来ついて迷いがあります。

 人と話すのはあまり得意ではないのでこれからの仕事は向いていないです。それにその仕事で身につけられるスキルに僕は興味がありません。そんなものに自分の若いときの貴重な時間を費やしてしまうのがもったいないと感じます。

 

 さいきんプログラマーになりたいと思うことがよくあります。プログラミングはわりと好きです。何時間もパソコンに向かうことも苦ではないです。仕事を通して身に付けられるスキルは私生活でも大いに役に立ってくれます。しかしプログラミングを仕事にすることに対する不安もあります。業界のブラックさもそうですが、業務で行うお遊びではないプログラミングを楽しめるのかという不信があります。というか私生活でプログラミングをすることがあまりないです。そんな人がプログラマーなんてやっていけるのか。

 またこれから築いていけるはずだったキャリアを捨てることに対する不安もあります。しかし同時にキャリアにしばられることに対する不安もつよいです。出世するとむずかしい仕事をしなくちゃならないので出世したくないです。責任とか負いたくないのです。自由でいたいです。

 

 本当は仕事なんてしたくないです。ずっと寝っ転がってネットしてゲームして本読んで音楽聞いていたいです。好きなときに起きて好きなときに寝たいです。山林を買って小屋を建ててひっそりと暮らしたいです。しかしそのまま人生を終えてしまうことにも恐怖を覚えます。たぶんおっさんになってから後悔するような気がします。

 それに両親のこともあります。親孝行をしたいという気持ちがあります。仕事を続けること、立派になることは親孝行です。なぜか涙が出るくらいつよく親孝行をしたいという気持ちが湧き上がってくることがあります。ぼくがニートであることはぼくにとっては親不孝です。

 

 仕事をせずにふらふらすることは理想の一つです。しかし将来の後悔、親孝行ができないことに対する後悔とおそらく不可分です。仕事をしていればそのような後悔はしないでしょうが、仕事をせずにふらふらするという夢はあきらめなくてはなりません。

 ふらふらしながら仕事をする、あるいはふらふらすること以上に仕事を楽しむことができればよいです。前者はこれからの仕事を続けつつ実現することはむずかしいです。年間休日105日だからです。死ね。後者は前述の理由でむずかしそうです。

 

 一貫した自己がないのが問題をややこしくしています。ある仕事をすること、ある人間と話をすることが楽しいと思えるときと苦しいと感じるときとが混在しています。楽しいか苦しいかどちらか一方のみであれば迷うことはないのです。自分がどう感じるかを自分で決めることはできないのがつらいです。

 

 

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

 

 

 

期待してくれる人から逃げる人

雑記

 

 期待されると不安になります。ぼくはあなたが思っているほど能力のある人間ではないのです。僕を買ってくださるのは本当に嬉しいのですけど、その分幻滅されるのが怖くなります。本当は僕は大したことのない人間だということが露見してしまうのが怖いです。落差がこわいです。

 かと言って全く期待されることがないというのもつらいです。やっぱりちょっとはぼくのことをすごいと思って欲しいのです。期待されることの心地よさを手放したくはないのです。甘えています。なんと都合のいい。けっきょく自分がいちばんかわいいのです。

 承認がほしいのであれば、期待されているされていないに関わらず努力するべきです。そうでなくても、もし期待してくださる人がいるのならば、その人に対してはすくなくとも誠実であるべきです。見放されることを望むなどもってのほかです。しかしぼくにはそんな当たり前のこともできないのです。

 

 

貴方には何も出来ない

貴方には何も出来ない