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品性の欠片もない

自分の説明は自分にだけすればよいです

今日のちんちんスレはここですか

雑記

 しらないです。

 

 けものフレフンズOPの替え歌動画を見て爆笑するなどしております。VIP Knows みたいな感じのニート自虐歌詞でした。特にはたらけゴミクズというところがおもしろかったです。

 しかし冷静になって考えてみると、その人がゴミクズであるかそうでないかは働いているとか働いてないとかでは決まらないはずです。職場に不幸を撒き散らしたり、人を騙してお金儲けをしようとする人とかのがそこらへんの無職よりもよっぽどゴミクズです。

 まあそれでも一般的に考えると、ゴミクズ割合は働いている人よりも働いていない人のが大きいでしょ? っていうのはそうかもしれないと思います。ただしその非ゴミクズ度の低さはまともに職に就くための資質に付随するものであって、働いている働いてないというのはやはり本質ではないので、そこらへんは割り切って考えたいです。

 この替え歌は古き良きVIP臭漂う歌詞で、平気でだおー! とかゆってます。もはや死語です。しかしそのようないい意味でのVIPっぽさは歌詞のニート感や、ニートであることの自虐、ニートであることを笑い飛ばそうとする陽気さ、それでも抑えきれないニートの悲哀、みたいなものを効果的に演出しているように感じられます。あ、でも、そもそも昔のVIPのノリとはすなわちニートのそれでもあるので、これはトートロジーですかね。まあいいや。

 で、大事なのは、これがニートによる自虐であるという点です。僕は人間の価値は働いている働いてないなどでは決めることはできないということにしているので、ただ働いていないというだけでゴミクズとかゆってはいけないのです。これが許されるのは、たとえば、ニートによる自虐である場合です。その観点から考えてみると、今回の歌詞は、ベタではニートによる自虐歌であるのに対して、メタでは非ニート的な視点で書かれたものであるようにも感じられます。はたらけ、というリフレインから特にそう感じられます。

 この歌詞には3つの段階があるっぽいです。ニートの振りをして感情移入を誘い、移入させた状態で努力やらハローワークに行くなど前向きな行動をさせ、最後にはたらけゴミクズ、と罵倒するという3段階です。これは実は非ニート的視点から、ニートであることはウケるけどまああんまりよくないよねというコンセンサスを元に書いた歌詞です。つまりこれはニートの自虐のフリをした歌詞です。

 別にそれが悪いというわけではないです。古きコピペにも数あるように、ニートの自虐はおもしろいコンテンツの1ジャンルであるといってもいいのであって、今回の替え歌も、そのジャンルの文脈に則って書かれただけです。騙したな! とかも特に思わないです。というか、これが非ニートによる自虐のフリをした替え歌であるというのも僕の印象による勝手な決めつけにすぎませんし、たとえそうだからといってこの替え歌の価値が損なわれるわけでもないです。ぼくはただ、ニートの自虐コンテンツというジャンルってすごいよなあという話がしたいんです。

 ニートにしてみれば、普通ならたぶん、ニートであることに負い目をもってますし、昔のことやこれからのことを考えてものすごく暗い気持ちになるでしょうし、とにかくニートであることはおもしろくないはずなのです。でもそれをネタにして、笑い飛ばそうとして、コンテンツにまで昇華させてるわけじゃないですか。いいなあと思うんですよ。前向きで、おもしろくて、毒も少なくて。そして、とにかくおもしろければいい、おもしろいことが大事なのだ、という、ニート自虐ジャンルが成立しえた当時のVIPの雰囲気もすごくいいなあと思うんです。

 マッチョな人からしてみれば、問題から目を背けているだけじゃないか、という感想をもたれるかもしれませんが、そしてそれは正しいんですが、僕は本質的に労働に価値を認めていない人間なので、その指摘にはしらんぷりをします。

 ですがときは流れ、働いていないことはよくないことだ、という、世間をひっさげた大きな潮流がいんたーねっとになだれ込んできました。「ニートにはたらけwwwww」ということばにも、こいつだめなやつだなあしょうがないやつだなあwwwという愛を見出すことは相対的にやや少なくなって、本当に、働いてない奴はクズで、ニートとはクズであり、働かないことはクズであるので、前述のセリフにも、「ニート働け(真顔)」という蔑視っぽいニュアンスがやや強く感じられることもあります。ほんとかよ。いますごい適当なことゆってます。ゆるしてください。ちんちんしゃぶりますから。

 なんというか、おもしろいことが正義であるというコンセンサスも、ニートであることの自虐とそのおもしろさも、おちゃらけニートたちに対する愛のこもった「働けゴミクズwwwww」ということばも、それらは、絶対的なインターネット人口が少なかったがゆえに成立した、局所的な時空間での出来事だったのかなあと思います。まあ現在のインターネットでもそのコンセンサスは十分力を持っていると思いますが、インターネットの「世間」率が高くなるにつれて弱まっていくだろうなとは思います。世間のニートに対する目はあまり温かくないからです。

 さらに進めると、働いている働いてないに関わらず、人のことをゴミクズとか呼んじゃいけないし、働いている働いていないで態度や対応を変えたりするのは差別だよという話にもなるかもしれません。ポリティカル・コレクトネスですね。こうなるとニートであるというだけで罵倒するということは否定されますが、愛のある「働けゴミクズwwww」というセリフも否定されることになります。この辺はニートうんぬんにかかわらずPC全般に言えることですね。

 

 なんかこんな感じのことが頭のなかでもやもやしてて、文章で書いたらちょっとは形になるかなあと思ったんですが、言語化するのがだるくて、感覚をそのまま文章にしてみただけみたいな文章にしかならなくて、あまり益にならなかったです。文章はちゃんと頭を使いながら書かなきゃだめですね。でもめんどくさい。

 

 ちなみに僕はニートじゃないです。

 

 

「ニート」って言うな! (光文社新書)

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