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品性の欠片もない

自分の説明は自分にだけすればよいです

自分の感覚を信じられますか

雑記

 1年前の今頃、ぼくは青春18きっぷで吉野他に行ったのですが、もうあれから1年が経ってしまいました。なんだか不思議な感覚です。実感がわきません。あっという間だったような気もするし、はるか遠い過去のような気もします。

 しかしどちらにも共通しているのは、断絶している、という感覚です。過去の自分と現在の自分が断絶しています。まるで別の宇宙で起こった出来事なんじゃないかという気がしています。

 1年前のことだけではありません。たとえば昨日ニコニコ動画を見たりブログを書いたりしていたときとも断絶を感じます。今この瞬間のことしかたしかに自分であると実感することができません。いや、今この瞬間の僕でさえもこれが自分であると実感しきることすらできないかもしれません。現在とか自分とかよくわかりません。なんかそういうのをきれいにすぱーんと説明してくれることばを探してしまいます。

 

 そうそう、今日ネットで土地を見つけたんです。わりと山の中の土地で、そこそこ広いです。山林ですね。平ですし車道にも面しています。正面にビニールハウスがあることを除けばけっこういい土地だと思います。しかもぼくのなけなしの貯金でも買えるくらいの価格でした。個人売買ですのでちょっと心配なんですけど話を聞くだけならタダなのでいけるとこまで行ってみたいと思います。

 こういう格安の山林を買って、小屋を建てて、ずっとひきこもって暮らしていたいという気持ちがあります。今はこの気持ちの方がつよいです。今の生活を続けるのがつらいからです。

 逃げたい。こんなことに時間を費やしたくない。精神をすりへらしたくない。なんでこんなことをし続けなくちゃいけないのかわからない。なんで彼らは平気そうな顔をしていられるんだろう。一日の半分を労働に費やすことに理不尽さを覚えないんだろうか。自由はほしくないのか。いや逃げて手に入れられる自由は本当の自由なんだろうか。何もわからない。自分が本当はどう感じているかもわからない。心を見極めようとすればするほど心が逃げていく。感じられるのは漠然とした不安と息苦しさと動悸だけです。自分がどう感じているかすらわからないのに他人のことなんてわかるわけがない。

 

 

自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)

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